「技術」という言葉

 「技術」という言葉は、日常よく耳にする言葉で、普段からあまり深く考えずに使っている言葉と言えます。技術進歩と言えば、機械の仕組みや材料などが進歩して、より効率的にものが生み出されたり、より安いコストで生産されたり、製造に関して使われます。

 製造ではなくスポーツでは、野球において難しいコースのボールをホームランなどすると、「あのボールを打つとはすばらしい技術です」というときにも「技術という言葉」が使われますが、上記の物を製造する場合の技術と、スポーツで使われる技術は、かなり違った意味で使われていると言えます。今回は、この違いに焦点を当てます。

 1年半ほど前に軽自動車を買い換えました。同じメーカーの車でしたが、前の車よりかなりスピードが出て、そして前の車より燃費が良くなっていました。両方とも普通のガソリン車です。これには、少なからず驚きました。ゴルフでいえば、ドライバーの飛距離がかなり伸びて、その上フェアウエイキープ率も良くなったという事になるでしょうか。これが現実にできたら、夢のようとは言わないまでも、すごいことです。

 物を作る世界においては、日々技術は進歩しているようで、車だけでなく電気製品でも、消費電力が以前のものと比べると、相当向上しているようです。「技術は日々進歩している」という言葉は、本当であり、疑う余地はありません。

ゴルフのレッスン番組や、トーナメントの放送を聞いていると、まったく同じような言葉を耳のします。「ゴルフの技術は日々進歩している」と言っている人が、その続きの言葉として、具体的に「ここが以前と比べて変わってきている」「これが進歩した打ち方である」と明確な言葉として聞いた記憶がありません。「進歩している」という言葉を言えば、多くの人は耳を傾けるでしょう。人の注意をひきつける言葉としては使い勝手が良いと思います。

 ゴルフ雑誌を中心として、メディアに「新しい打ち方」が多く登場してきました。少し例を挙げると、アスレチックスイング、ショルダーターン、オンプレーン、スタックアンドティルト、など浮かんできますが、今この言葉がどれほど使われているのでしょうか?

 人間が早く移動する、道具を使って大きな力を外部に発揮するなどの動作は、殆ど変化していないと私は考えます。地球の引力の強さも変わらないし、身体の構造も、数百年前に比べるとサイズはまあまあ大きくなっているが、手足の本数も何も変わっていません。「動きの本質」は、今も昔も変わらないはずです。

 「新しい技術」という言葉を使って、レッスンなどの自分の仕事に役立てようとする人にとっては、必要な言葉ですが、それが正しい技術でなければ、それを取り入れれば悪い結果につながるでしょう。プロ、アマを問わず、悪い弊害がこの何十年、メディアを通じて世の中に広まっています。

 さらに1歩踏み込んで考えると、本当の、または高度の技術というものは、簡単に習得出来るものではないという事です。パッティングを上達させようと思えば、常にパターヘッドの同じ位置、同じ角度でボールを打たなくてはなりません。曲がるラインでカップにボールを沈めるためには、方向とボールの勢いが一致しなければなりません。この打ち方を自分のモノにするのはたやすくありません(ゴルフの技術を考えない、子供のゴルファーは出来る事があります)。また、同じようなストロークを実現させるために、ちょっとしたスティックやもう少し手の込んだものを使いながら練習したりしますが(プロもしているのを見かけます)、上手くいくとは限りません。人間の身体は、骨の長さや関節の形状など、かなり個人差があるようなので、同じ道具をグリーン上において練習しても、良い結果が出る保証は有りません。体操選手が1つの技を覚えるために、気が遠くなるほどの繰り返しをしているようですが、結局技術というものは、正しい練習を、繰り返しするしかないという、当たり前の話に落ち着くようです。

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